ダ・ヴィンチ・コード ザ・トゥルース(Da vinci code the truth)を観て〜専門家らが犯した致命的な世紀のミスとは? - 宇宙人とUFOの謎、超常現象の謎、国家の陰謀を暴き、真相を解明する

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ダ・ヴィンチ・コード ザ・トゥルース(Da vinci code the truth)を観て〜専門家らが犯した致命的な世紀のミスとは?

さて、私ぷりおが記事を書かせて頂く。


拙著、『レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」の謎とイエス復活の真相を解明する!』を出版してから随分と時間が過ぎた。
※その後、最新刊を出すことになったのでお知らせしたい。詳細は下記記事リンク参照のこと。

この書籍は私自身の聖書分析と考察により導き出した結論を比較的わかりやすくまとめているのだが、従来の絵画に対する美術史からの観点及び聖書に精通した専門家やダ・ヴィンチ研究者らの所見を提示することにより、今回彼らがいかに重要な部分を見落としているかという事を指摘していこうかと思っている。

まだ書籍の方に目を通しておられない方はひとまず予習としてご覧いただければ幸いである。

ただし本記事にて述べていく私自身の見解は、それぞれの批判に対する結論のみを極力述べるに留める。結論に至る根拠とやらは書籍にて述べているので参照されたい。



2006年、ダン・ブラウンの小説ダ・ヴィンチ・コードがベストセラーになったのはご存知の方も多いかと思う。

本作は映画化もされ世界中で大ヒットしたわけだが、その反面、主にキリスト教を信奉する者たちから批判が相次いだ話題作である。

私自身もこの小説と映画、それに対する批判にもいくつか目を通している。

そこで、聖書研究家や専門家らといった面々による批判が収録された映像作品があるので紹介するとしよう。

それがこちらである。




拝見してみたがダン・ブラウンの作品をこれでもか!と、丁寧に事実を述べてからこき下ろす事に特化したような作品であった。

そもそも批判が噴出した原因は、小説の冒頭にこれらは事実に基づく云々との前置きが書かれていたからである。

それさえなければ批判は出なかったろうと推測されるものの、あれだけ大ヒットしたのはその文面があったからこそであろう。今で言うところの注目され一儲けするには打ってつけの炎上商法である。

では早速それら批判の内容をかいつまんで見ていこう。

※以下の青文字は映像より引用した箇所

イエスに妻がいたという歴史的事実はどこにもない


さすがは神学教授だけあって説得力ある言葉のように聞こえてしまうが、神学を学ぶ方がこのような見解をなす事は仕方がないとはいえ実に残念である。

どこにもないと100%断言する根拠は何か?と逆に問うてみたいが、おそらく新約聖書を全部読んだ上での発言であるはずだ。だがしかしである。そのイエスに妻がいたという決定的な歴史的事実が聖書に書いてあったとしたらこの方はどう反論するのだろうか?

私は未だかつて誰も指摘した者がいない事柄を書籍にてその動かぬ証拠を指摘している。しかもそれは客観的な証拠なのである!

イエスがマリアと結婚していた事実はどこにもないんです

もし子供が存在したなら(中略)議論をあまりしないのはイエスに子供がいた証拠がないからです


この方は元牧師だという事だが、内容もいたって否定論者が使う典型的な見解である。

耳が腐る程このような定型的文言を聞いてきた身としては、次のように言い放とう。

イエスとマリアが結婚していた事実はない?果たして本当にそうだろうか?

実は少なくとも男女の関係であったという証拠が聖書に書かれてあるのだ!

しかもである。

それは子供がいたという客観的な証拠でもあるのだから彼らの驚きは相当なものであるに違いない。

イエスの右側にいるのがマリアで彼女こそが聖杯だと言うのです

しかしこれではダ・ヴィンチの手記に反しています(中略)

ダ・ヴィンチが描いたのはヨハネなのです

美術史学者はブラウン氏の説を否定しています

はっきり言ってくだらない説だと思います

嘘の発表で名声を得るなんて非常識です


このようにイエスのそばにいるのがマリアだという説はことごとく排除されてきたのだが、実はダ・ヴィンチが残した歴史的な絵画から至極まっとうな反論が可能なのである。そう、可能ではあるのだが、その人物がたとえ女性のような風貌をしていても男性だと言い張るのだから滑稽としか言いようがない。

これを説明するには「岩窟の聖母(ルーブル・ヴァージョン)」の聖母像と「聖アンナと聖母子」の聖アンナ像がこの最後の晩餐のヨハネとされる人物と似ていると指摘されている件について触れなければなるまい。どちらの絵画も女性を描いているのだが、これはもちろん周知の事実である。

にもかかわらず女性の風貌にしか見えないがそれを男性であるヨハネと言うのはなぜか?

それはこのヨハネが若者あるいは女性的な容姿で描れるのが一般的だったからであると納得させられてしまっているためなのだ。これはダ・ヴィンチがこの最後の晩餐の絵画に仕掛けたトリックを悟られないようにするために実に都合がよかったのである。

つまりこのイエスの隣に描かれている人物は間違いなく女性なのである!

くどいようだがその根拠は書籍にて明かしている。

その上で言うが、ダ・ヴィンチが描いたのはヨハネではなくマグダラのマリアである。ダン・ブラウンの説は一部を除きすべて事実無根と言ってよいものだ。ではその一部の事実とは?

それは、イエスとマグダラのマリアには子供がいたという点だけである。

・・こう言うと、ダン・ブラウンが目の色を輝かせて「ほら見ろ!」と再び公の前に登場する可能性はあるが、それはやめておいたほうがいい(笑)。

ただ単に既存の知識と照らし合わせて、それは間違いであると否定するのは簡単だ。

証拠に基づいて論理的に反論されなければ信じるに値しないものだ。

「はっきり言ってくだらない説だ!」と既存の知識を盾に切り捨て、一般の定説を疑いもせず長年信じ続けていた人々に対し、

ダ・ヴィンチは聖書に忠実に従い完璧なまでの絵画で再現する事をもってそれらに反論していたのである。

子を身ごもれば2人は結婚していたはずです

残念なことにそのような事実はどこにもないのです

そして美術史学者は誰もダ・ヴィンチが描いたのはヨハネだということに疑問を持っていません


問題点はイエスとマグダラのマリアの結婚

彼女を❝聖なる女性❞としたこと

そして著者がこの本を❝事実❞としていることです

実際は❝事実❞ではないのです


結婚していれば聖書に出るはずです

秘密にする理由がない

ペトロが既婚者なのは分かっています

イエスの生涯が詳細に記載されている聖書なら必ず出ているはずなのです

祭司の結婚は当然のことでした

確かにそうですがイエスは習慣に従う義務はなくあまり従っていなかった

結婚についても同じです

結婚は神聖で高潔なものです

しかしイエスは完全な神の子で神であって人でした

そのイエスが罪人と一緒になることなど絶対に考えられないのです



イエスはマグダラのマリアと事実婚であった!しかも子供もいてその客観的事実がしっかりと新約聖書に記されていたのだから驚きである!!

まさかそんな事あるはずがない!・・

と、聖書を読んだことがある方なら誰もが思うに違いない。

そのように思い込んでしまう理由は「大そうな研究家の面々がそう言っているのだからきっとそうに違いない」と、自分の頭で考えずに結論ありきで信じてしまうからではないか?と、私はそのような他人の言うことを鵜呑みにする姿勢は危険であると忠告しておきたい。

残念ながら世間の美術史学者らはほぼ絶対に気付かないだろうし、なぜなら今まで全く気付かなかったのだから期待するだけ無駄というものであろう。

イエスとマグダラのマリアが結婚している或いは男女の関係であるはずがなく子供などいるわけがない、ましてや神が罪人と結婚するなどと絶対にありえないなどと、イエスの人権を無視する発言には何というか辟易すらする。

結婚していれば聖書に書かれているはず、うむ、確かにそうである。

秘密にする理由がない、なるほど。

イエスの生涯が詳細に聖書には書かれているのだから、結婚していれば必ずどこかに書かれているはずだと。

聖書を読むと確かにイエスとマグダラのマリアが結婚していたとわかる直接的な言葉での記述はない。

だがしかし、

よく読むと、明らかに二人は男女の関係であり子供も儲けていたと分かる記述が確かに書かれてあったのだ!

そう、これではっきりとする。

結婚していると直接的な言葉で聖書に書かれてはいないが、秘密にする理由がないという点とイエスの生涯が詳細に聖書には書かれているのだから、二人が男女の関係であり子供も儲けていた関係である事が判る記述が必ずどこかに書かれているはず、という指摘はまさに、

彼らの思惑は覆される事になるが、まさに・・まさにその通りであったのだ!


ダ・ヴィンチの下書きには弟子たちの名前が入っていました

これであの人物はマリアではなくヨハネだとわかるのです


下書きには弟子たちの名前が残っているからヨハネに違いないなどという指摘はもはや完全に覆されるのである。

この絵画が最後の晩餐ではないという否定しようのない事実を突きつけられるのであるから!


仮定だとしてもありえません

証拠はどこにもないのです


私は仮定ではなく証拠を元にした事実をまとめて書籍として著した。

しかし、これらの発見に対する功績は私にではなく、

500年前にすでに聖書に書かれた真実に気付いていたレオナルド・ダ・ヴィンチ

にこそ与えられるべきものであろう。


さらに書籍では別の事実にも触れている。

それはイエス復活の真相についてである。

これに関しては直接的な証拠を聖書から見つけるというよりも、むしろ記述を元に洞察し結論を導き出したものになる。

おそらく天才と言われたダ・ヴィンチもその事に気付いていたはずであると、私自身は確信している。

カトリック教会の教えを頭から信じるのではなく、ただひたすら聖書の記述を忠実に読み取り絵画に反映するという彼の知的探求心の集大成が、かの作品に集約されているのである。

かくして長らく流布されてきた歪められた事実は姿を消し、彼らにとって不都合で新たな事実が語り継がれようとしているこの時代に生まれたことを誠に感謝しよう。

2019-10-21 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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